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会員紹介 高橋 昌一 (ゆうばりビデオグラファー)

プロフィール

氏名高橋 昌一 (たかはし しょういち)
会社名(屋号)ゆうばりビデオグラファー
住所神奈川県小田原市
ホームページhttp://yubarivideo.la.coocan.jp/

二代目 会長。

お仕事は、どのようなことをされていますか?
小田原で、幼稚園・保育園が中心。あとは、ホールでの発表会、学校関係も多少あるね。合唱コンクールとか。
ホールを回って資料を集めたりしたことがあったけど、外観から見てわかるところといったら、幼稚園・学校関係ということで始まった。それが結局はメインになった。
もちろん地図でも調べるけど、車で行くとなると駐車場があるところとか、意外と営業に歩くとなると制約を受けるんだよね。そういうとこが必然的になっていって、っていう感じだね。
ビズネットに入会するきっかけは、何ですか?
入会するきっかけはビデオサロンだよね。

12〜13年前に、以前 勤めていた会社を退職して、その時は中高年の仕事がない時期のはしりで、職安に行っても仕事がないよって言われて。失業保険をもらった後、自分にできる職種はアルバイトしかなかった。

ずーっと考えちゃって・・・このままで、ずっと一生行くのかなぁ、と。
その時に、ビズネットのビデオサロンの記事。でも、それを見てからも、悶々としながら、3ヶ月くらいかかってから電話した。
ビデオサロンを見てたってことは、ビデオは撮ってたのですか?
撮ってた、撮ってた。

(プライベートで入会している登山クラブの)登山ボランティアの絡みで、前に記録ビデオを撮ってた人が一人辞めちゃって、ひょんなことからビデオの撮影が回ってきて、何にもわかんないんだけど、ビデオサロンは多少役に立ったよね。

それでビズネットは、どうしようかな、と迷って。
それで、よし、じゃぁ、身を立てようって気になったこと自体が、魔が差したみたいな感じ。すぐに食べられるわけじゃないし。

ホントに困ってたんだろうね。
自分が本当にどこへ行ったらいいんだろうっていう、行き先がなかったんだと思うよ。
ビズネットに入会してプラスになったことはありますか?
山ほどあります。本当に何も知らないから。

僕の同期は何人かいるんだけど、その僕らを対象に勉強会を開いてくれたの。
要するに、起業・独立するための、っていうコンセプトで。ずっと継続して、何回もやってくれた。
同期の人がそれだけいるんだったら、そういう勉強会やってくれるのって、いいですね。
その時期は、ビズネット始まって以来の大量の入会者だったみたい。

その時、勉強会をやってくれて。だけど本当に無我夢中だったんだよ。真剣にならざるを得ない。
営業のノウハウから、技術的なこと、教えてくれて。ビズネットの先輩もいろいろ教えてくれて。

でも、それから自分で起業するまでは、1〜2年かかってるよね。
最初は、営業を行くのにリストを作ったの。とにかく、学校・幼稚園だ!って。リストは、小田原近郊で120〜130箇所あったかな。それをひと月で回っちゃおうって。
機材とか、まだその時は そろってないですよね。
ない、ない。
だから、VX2000が1台あって、あの頃は まだパソコン編集じゃないと思う・・・。ローランドのDV-7を使ってた。
ホント、最初は何もわからない。そこから始めたの。
それから、ビデオサロンを見ながらとか、勉強会でみんなの話を聞きながらとか、何が必要なのかなって、自分なりに判断していってね。

プライベートのことを聞いてみました

仕事の流儀って、ありますか? なさそうですけど(笑)
あるよ(笑)

大ベテランじゃないから、本当にもうビギナーが始めたって感じだから、
とにかく、丁寧にやる、ってことだね。自分の中で。

ときどき、あまり儲からない仕事って思うときでも、手を抜いちゃおうっていう自分を抑えて丁寧にやる。それは、自分の中では譲れないね。
今あるお客さんは、ほとんど初期の頃から付き合ってくれてるから、やっぱり辛い時に得たお客さんだから、がんばるだけ、がんばろうと。

厳しいお客さんでも、今思えば、続けてきて良かったな、って気はするよね。利益だけの話じゃなくて、技術がうまくなったとか、お客さんとだんだん一体感を持てるようになってきたっていうか。
ビデオの仕事っていうのは、A社、B社、C社の中から手を挙げて、じゃ あなたやってよ、って仕事じゃないからね。やっぱり、どこかお客さんと一体になってやらないといけない部分て、あるんだよね。
子供〜青年時代をお聞かせいただけますか。
内気の固まり。母子家庭だったんで、親を助けなきゃいけないって気持ちがすごく強かった。どんどん社会に出て行って、っていう。
変わったところだと、トラックの運転手をやってた。大型トラックを持って、長距離で。北海道から、九州まで行った。20代から結婚するまでの間だね。

生まれは、北海道の岩見沢。札幌から旭川に向かって、車で40〜50分のところ。
北海道ではタンクローリーに乗ったのかな、大型は。それで、こっちに出てきて、大型の免許持っているから、長距離の仕事を選んだ。
どっちかというと、直情的な生き方をしてきたよね。どんどん前に進んで、自分のやれる仕事で。結婚するまではね。
その時は、ビデオみたいなのは?
何にも、一切ない。かけらもない。

あ、強いて言えば、子供の頃、よく漫画描いてたよね。漫画ばっかり描いてた。
今、描けます?(笑)
今? いや、描けないんじゃないかな・・・

昔、描いてたんだよね。こうやって、こうやって、こんな感じで・・・。
あ、やっぱり絵心、ありますね。
今、全然描いてないから、でも、何か見て描けって言われたら、描けるよね。
漫画も、見てた、ってことですよね。
昔、それしかなかった。みんなそうだった。貸本屋に行ったり、友達同士で見たりとか。
クリスマスのプレゼントに、月刊誌をさ、買ってもらうと うれしかった。毎月は買ってもらえないからさ。

僕は、自分専用のペンがあって、あれも使い込んだやつじゃないとダメなわけじゃん。
新しいと描けないから、あとは自分の好みの形。あとは、割り箸を削って、尖らせて先に墨を付けて、ある程度 染み込むと紙に描ける。

あるとき、長年使ってたペン軸が折れちゃったの。
その時、涙が出た、本当に。すごい、僕の愛用の品だったんだもん。
どうも、ありがとうございました。
どうも、どうも。